DRIES…ドリス・ヴァン・ノッテン ファブリックと花を愛する男…

ドリス
監督:ライナー・ホルツェマー
出演:ドリス・ヴァン・ノッテン、アイリス・アプフェル




(allcinema映画データベースよりコピペ)
広告を一切出さず、自己資金だけで活動する孤高のファッション・デザイナー“ドリス・ヴァン・ノッテン”をフィーチャーしたドキュメンタリー。2014年9月にパリのグラン・パレで開催された“2015春夏レディース・コレクション”の舞台裏から、2016年1月に念願のオペラ座で行われた“2016/17秋冬メンズ・コレクション”までの1年間に密着し、世界中で愛される彼の服の魅力を明らかにするとともに、それを生み出していくインスピレーションの源、そして創作への情熱と信念に迫っていく。監督は「マグナム・フォト 世界を変える写真家たち」のライナー・ホルツェマー。






期せずして、ファッションデザイナーのドキュメンタリーが続きます。
ドリス・ヴァン・ノッテン、実は私、このデザイナーさんを全く知りませんでした。ただ、"ファブリックと花を愛する男…"というサブタイトルと、彼がアントワープに所有する庭園の美しいグラビアにフラフラと惹きつけられ、本作を観て参りました。結果、大正解。孤高のデザイナーと呼ばれる彼の人と成りと、ファッションビジネスに対する揺るぎない信念を知り、また、エレガンスと下品さとの狭間で絶妙なバランスを保つそのファッションセンスに触れる事が出来ました。
人間の感情から離れる事無く、快く纏う行為を常に追求する姿勢は、彼個人の真摯な人格を映し出しており、紡ぎ出されるデザインに心地良ささえ感じられます。長年の公私にわたる男性パートナーとの関係性にさり気なく触れている点にも好感が持てました。




以下、wikiからその人物像を引用。。。。。


祖父の代から続く既製服販売店の家に生まれる。その店は、アントウェルペンで初めての男物既製服店。曽祖父は、着古したジャケットを完全にばらし、裏返しにして再度着られるようにする職人だった。12歳の頃から両親と共にパリやデュッセルドルフなどでファッション見本市を見て回る。1977年、18歳で後の「アントウェルペンの6人」と呼ばれるウォルター・ヴァン・ベイレンドンク等とアントウェルペン王立芸術学院に入学。メリー・プライオットの下で学ぶ。在学中学費を稼ぐためにフリーランスの子供服デザイナーとして働き、1981年に同学院を卒業。ドリスの父親は卒業後、家業を継いでくれるよう望んでいたが、服の販売だけでは物足りなく製作に魅了されていた為、営業用のコレクションのデザインを続ける。

ベルギーの織物産業のGolden Spindleコンペにフルコレクションを揃え、三度参加するも何も売れなかった。この経験はドリスに制作に関する影響を与え、現在でも「見世物」の為の服作りを拒否している。Golden Spindleで制作した服を販売する為、アントウェルペンに小さな店を開く。そんな中、「アントウェルペンの6人」は共同で小規模なコレクションの制作をする事を決め、1986年にロンドンコレクションの展示スペースを借りて出展。用意された場所がウェディングドレスの展示の後ろなどの悪条件の下、懸命な宣伝活動の結果バーニーズ・ニューヨークとホイッスルズのバイヤーの目に止まり、ドリスの制作したシャツとジャケットが売れるようになった。

エスニック調もしくはフォークロア調のデザインを得意とするが、本人は単純に「エスニックデザイナー」と分類されるのを嫌っている。本人は、自分の特徴を、一見すると相容れないような要素・色を組み合わせるところだと語っている。また、スカーフ、マフラーが好きで、毎シーズン、レディス、メンズ共に何種類ものアイテムを発表している。

1989年アントウェルペンに19世紀の大きな店を購入し、初の旗艦店「ヘット・モードパレス」(Het Modepaleis)を開店。その後、世界2店目となる旗艦店が東京都港区南青山で開店したが、輸入代理店ライカとの契約終了に伴い2003年1月26日をもって閉店した。

2009年3月に東京南青山に再び旗艦店が開店した。運営はトゥモローランド。現在、アントウェルペン、東京以外に、パリ(レディースのみ)、ドバイ、香港、シンガポールに直営店がある。

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  •   17, 2018 22:00
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